第2回 ドイツのライトクルトゥーア/先導文化(Leitkultur、主導文化)論争の始まり

ドイツの代表的な縁日料理・Reibekuchen。すりおろしたジャガイモの天ぷらといったもの。

はじめに:「先導文化」のイメージ

この論争はどういうものなのか、まずイメージを持ってもらうために以下の項目を見ていただこう。

  1. 顔・姿を隠さないこと。
  2. 普遍的な教養と教育に価値を置くこと。
  3. 自分たちのなしたことに誇りを持つこと。
  4. ドイツ連邦共和国の歴史の相続人であること。
  5. 文化的国民であること。
  6. 宗教の役割を考えること。
  7. 紛争の調停における文民統制。
  8. 啓蒙された愛国者であること。
  9. 欧州の一員であること。
  10. 場所と思い出に関する共通の集団的記憶をもつこと。

 これは2017年にメルケル内閣の内相(Innenminister)を務めるトマス・デメジエールという政治家が公表した「私たちはブルカではない」という声明(「ブルカなんていらない!」というところだろうか)に挙げられた、「ドイツのライトクルトゥーア/先導文化」の彼流10項目の要約である*。ブルカとはご存じのとおりイスラム教徒の女性が被るヴェールの一種である。一見してまったくバラバラな項目が並んでいるだけなので、学的吟味に耐える内容ではない。しかし「これがドイツの先導文化なんだ!」と内閣の一員が言っているのだから、ドイツの人々の何らかの共通了解を反映したものなのであろう。実際それほど過激な要求ではないし、それどころか常識的とも言えるもので、排外主義的だとも言えない。これについてはまたこのエッセイの最終回くらいで正式に取り上げるつもりだが、ドイツ保守層の考える先導文化のイメージを作るには持ってこいなので、まず紹介しておく。

*Thomas de Maizière:“Wir sind nicht Burka”: Innenminister will deutscher Leitkultur. In: Zeit Online. 30. April 2017.

 これが「ドイツの先導文化とは何か」という問いへの答えの一例である。移民たちがこうしたドイツの文化に敬意を払い、それに統合されることができるかを問う人々がいるわけであるが、しかしこの論争を引き起こす起爆剤となったLeitkulturという言葉を提供した人は、そんな話にするつもりはなかったのである。

 

1.バッサム・ティビのによる『同一性なきヨーロッパ?』での問題提起

きっかけとなったのはバッサム・ティビ(Bassam Tibi)という人のヨーロッパ文化論だった。

 この人はシリア出身の社会科学者である。2016年のWELD紙に彼のインタービュー記事が出ていて、自分の生い立ちや知的環境について詳しく語っていたのだが、その号が目下手元になくて引用できなくなっているので、記憶の確かなところと他の著書の紹介記事合わせて紹介すると、彼はシリアの大貴族の出で、彼の行動が新聞に載るほどの貴種であったらしい※。1960年代初めにドイツに移住し、ホルクハイマーに師事し、アドルノとも交流があったという。セレブで、かつ当時最高の知的環境のなかにすごした国際派の学者像が浮かぶ。

※ 追記(2019.3.21):Welt Online: „Deutschland ist immer noch kein normales Land“, Veröffentlicht am 04.07.2016. (https://www.welt.de/debatte/article156781355/Deutschland-ist-immer-noch-kein-normales-Land.html)

 

 その彼がLeitkulturという言葉を世に送り出した。それは1996年にはですでに提起されていたが、その概念がまとまって提示されたのが1998年に出された以下の書(の第一版)であった。

Europa ohne Identität? Die Krise der multikulturellen Gesellschaft. München: Bertelsmann.1998.

『同一性なきヨーロッパ?――多文化社会の危機』

 この本は別に先導文化論として書かれたものではなく、副題が示している通り、知識人によって主唱された「多文化主義社会」が危機に陥っていることを指摘した、広い意味での哲学的文化論である。先導文化については、彼はこの本ではヨーロッパ近代の価値観こそがヨーロッパ諸国の移民にとってのそれである、という極めて穏当なことを言っているにすぎない。例えば、彼は自分の意見を要約してこう言っている。――「望ましい先導文化のための価値は、文化的意味での近代から発しているのでなければならない。そうした価値というのはこういうものだ――民主主義、世俗主義、啓蒙、人権そして市民社会である」(S.154)。ヨーロッパの学者がそう言えば単なる近代主義者としか思われないだろうが、シリア人の移住者(Migrant)でイスラム教徒の学者がそういえば多少重みは違ってくる。彼は非ヨーロッパ人・非キリスト教徒としても、ヨーロッパ諸国が世界に加えた歴史的な暴力がどうあれ、ヨーロッパ近代が作り出したこれらの価値こそがヨーロッパにおける社会統合の核心になるものとしてふさわしいと言っているのである。

 ちなみにティビは彼を取り囲む情勢の変化に機敏に対応してこの本を後に改定しており、副題も二度も変わっている。その変化は明らかに緊迫していくヨーロッパの移民問題の推移をストレートに反映している。先導文化論争が起こった後でこの本がペーパーバックになって出版されたとき、副題はそれを意識して『…――先導文化および価値の選好性(Europa ohne Identität? Leitkultur oder Wertebeliebigkeit)となり(2000/2002)、さらに2016年にだされた改定版では、副題は『…ヨーロッパ化かイスラム化か』(Europa ohne Identität? Europäisierung oder Islamisierung. ibidem-Verlag, Stuttgart)とかなり直接的な危機を感じさせるものとなった。初版との違いは、その語に起こった先導文化論争についてかなり加筆していることである。この本はヨーロッパの文化的立場を考えるための好文献なのに、英語に比べ、ドイツ語の翻訳者の層が薄いためか、翻訳が出ていないのが残念である。

 注意すべきは、ティビが提起するライトクルトゥ-ア/先導文化とはあくまでもヨーロッパのそれである(つまり「ドイツの先導文化」などとは言っていない)ことである。例えば上記2016年の改定版から彼の言葉を引くと、「要約しよう。ヨーロッパの内部では移民たちと分かち合う一つのライトクルトゥ-ア/先導文化が必要である。ヨーロッパの外部では、一つの国際的な道徳性が必要である。前者はヨーロッパ的でなければならず、後者は文化の包括性を打ち出していなければならない」(傍点は原著イタリック、S.292)。彼によれば、一般に先導文化とは或る国民を結び付ける紐帯になるものであって、宗教、民族性、出身を問わない。当然ドイツ人と移民と結ぶ紐帯でなければならない。そしてそれはヨーロッパ的でなければならならない。彼は自分の立場を「価値についての同意」Wertekonsensesに基づく文化多元主義Kulturpluralismusと規定し、多文化主義Multikurturalismusに対しては恣意的な価値観を許容し、「平行社会」Parallelgesellschaftを招来するものだと反対の意を表明している。多文化主義を批判する点ではヨーロッパ知識人の文化論とは一味違うが、大体においては、理性への信頼、政教分離に基づく民主主義、多元主義、寛容と言った近代的価値を承認する点では、戦後ヨーロッパの良識を継承しており、特にフランクフルト学派(例えばハーバーマスの近代論)の強い影響下にあると言えそうである。

 余談になるが、ティビの言うことを聞いていて、私はフランシス・フクヤマの『歴史の終わり』(The End of History and the Last Man)を思い出した。1992年に出版されたこの本で彼は欧米の近代社会において実現した「リベラルな民主主義」をもって歴史は終わる、あるいは人類史の最高峰であると主張した。当時でもかなり能天気な主張だと私は思ったが、そのころは東欧諸国の崩壊、ソビエトの解体によって20世紀社会主義の実験は失敗に帰し、西欧・アメリカのリベラルな民主主義を超える歴史段階は存在していないということが明白になったため、それなりの説得力はあったのである。

 私は能天気であるなどと少々失礼な表現をしてしまったが、たしかにこの議論はいまでも完全に説得力を失っているわけではない。2010年前後に頂点に達したアラブ諸国の民主化運動、いわゆる「アラブの春」においても、目標に置かれていたのは欧米のリベラルな民主主義だったことを思えば、リベラルな民主主義がいまでも人類が到達した最も優れた体制であるという見解は否定できない。

 フクヤマがかの書を出版した90年代前半はまだ欧米型民主主義の将来を楽観できる時期だったかもしれない。ティビが「ヨーロッパの先導文化」を打ち出したのも、もしかしたらそうした共通の時代の知的雰囲気があったかもしれないと思う。しかし21世紀に入ってからは、ティビもそういう楽観主義は捨てたようだ。著書の2000年度版では彼はヨーロッパが固有の同一性をもたぬマルチカルチャーの集合地域になるという危惧を表明し始めている。

ケルン大聖堂。こちらは文句なくドイツを代表する光景。

 

2.ティビのライトクルトゥーア/先導文化の概念

 もう少し彼の言う先導文化の中身を見てみよう。とはいえ、先の主著は大作で、しかも改定され彼自身の見解も発展しているために、紹介するには手間がかかる。そこで、先導文化論争が起こってから、彼自身がそれにコメントした短い論文がある。この論文はネットで公開されているので、簡単にみることができるので便利である。これに従って先導文化概念をできるだけ簡潔に確認してみよう。(引用はI節の第1段落ならI〔1〕と記す。)

*Leitkultur als Wertekonsens – Bilanz einer missglückten deutschen Debatte. In: Aus Politik und Zeitgeschichte, B 1–2/2001, S. 23–26.

 ティビは「ドイツの先導文化」ではなく、あくまでも「ヨーロッパの先導文化」を問題にしている。それは「ドイツ人と移民との間の、民主主義的な、世俗主義的(laizistisch)な、ならびにヨーロッパの生活に根差した(zivilisatorisch)同一性に定位する価値観の一致(Wertekonsens)」(I〔1〕)のことを指す。移民たちはエスニックな同一性を獲得することはできないが(トルコ人はドイツ人にもアラブ人にもなれないが)、「先導文化を手引きとしてのもろもろの価値に定位する同一性」(I〔2〕)は獲得できるのである。ヨーロッパ諸国が大量の移民を受け入れざるを得なくなり、その結果としてヨーロッパ的同一性を再規定しなければならなくなったが、それはつまりドイツ人も自分たちの国が「文化国家(国民)」(II〔3〕)だというような排他的な同一性を捨なければならないということである。なぜなら国民・国家をそのように特殊的に規定してしまうと、それにあずかることのない移民たちに同一性を与えることができなくなるからである。「統合するということは、同一性を与えることができるのでなければならない。どんな同一性にも先導文化は帰属している!」(同)。

 こうしてティビはイスラム教徒の移民として、「ヨーロッパの先導文化」(ヨーロッパの同一性)の概念をドイツのために確立しようとする。「私が先導文化という概念で問題にしているのは、成り行き任せの移住(Zuwanderung)を国の必要に定位した移民(Einwanderung)に転換し、この移民たちをヨーロッパの同一性という枠組みに統合することである。」(III〔5〕)「内的で社会的な平和は共同体についての了解を必要とする。それを私はライトクルトゥーア/先導文化と呼ぶ。それは手引き(Leitfaden)であって、『序列や従属』(Über-/Unterordnung)ではない」(同)。

 そうした先導文化はドイツの文化的近代の諸価値を基礎とし、ドイツ人と移民の同意に基づいた共通の立脚点とならなければならない。だからといって先導文化は「ドイツ人」という特殊性に関わるのではなく、近代ヨーロッパ社会が歴史的に獲得した諸価値でなければならない。彼は言う。「強い意味で要約すれば、そのような先導文化は次の内容をそなえている。すなわち、宗教的な啓示、つまり絶対的な諸真理というものの妥当性に対する理性の優位、個人の人権(したがって集団の権利ではない)、それにはとりわけて信仰の自由が含まれる。政教分離に基づく世俗的民主主義、全面的に承認された多元主義並びに同様に相互的に妥当する寛容さ――これは文化的な区別の合理的克服に役立つ。これらの諸価値を認めて通用させることが市民社会の実体をなす」(III〔8〕)。

 改めて確認すればここで言われている先導文化の要素は4つある。

  • 宗教的啓示に対する理性の優位
  • 個人の人権
  • 民主主義
  • 多元主義と寛容性

 これこそ彼の言う先導文化であり、そういうものがないと、価値における恣意性が勝利し、諸文化が統合せず、共存するのではなく併存して対立しあう「平行社会」Parallelgesellschaft――「文化的なバルカン化」(III〔6〕)が生じてしまうことを彼は懸念している。

 この考えからティビは多文化主義Multikurturalismusを斥ける。なぜなら、多文化主義は人々を価値の合意に導かず、むしろ価値の恣意性を助長し、平行社会を作ってしまうからである。これに対して彼の言う文化多元主義Kulturpluralismusとは「何でもあり」のことではなく、「それに従って区別された世界観をもつ人間たちが共に生き、違う存在と違う考えをもつ権利を保持し、しかし同時に共通の規則――とりわけたがいに対する寛容さと相互の尊敬――に対して〔各人を〕義務付けるという考え」(III〔9〕)なのである。

 さて、このようにみてくると、ティビの言う先導文化には何ら過激なところはなく、20世紀のヨーロッパ思想の成果をまっすぐに継承していることがわかる。むしろ常識すぎるくらい穏当で誰もが「その通り」と言いたくなるような考えであると言ってもいいだろう。

 にもかかわらずこれがドイツでは20年間断続的に続く、激烈と言ってもいいし、何やら生ぬるい感じもする妙な論争の導火線となったのである。――まったく、思想というものはお酒みたいなもので、普遍的に語ればいいことづくめなのに、実際に飲み下すと、つまり特殊・個別的な場面に適用されると、思ってもみない問題を巻き起こすことがある。ティビの提言は口当たりのいいワインのように見えて、その実きつい火酒であったようである。

ではそれはいかにして発火したのか。(続く)

 

(2019.1.13 黒崎剛)

注:写真は筆者が「ドイツ的」と思うものをランダムに載せているだけで、本論とは関係がありません。