今回発表した「ヘーゲル『精神現象学』の迷宮を歩く――非理性的時代に理性を求めて」は、私が昔、いわゆるミレニアムと呼ばれた西暦2000年にラジオ講座で話した「現代思想の最前線としてのヘーゲル――『精神現象学』の新しい読み方」というのが大元の原稿です。そのラジオ講座というのは「慶應義塾の時間・『三色旗』」という短波放送でした。私は慶応大学とは縁もゆかりもない人間ですが、石井敏夫さんという慶応の先生とドイツ語学校で同じクラスになったのが縁。石井さんは「メーム・ド・ビランの研究をしている」と言うので、ビランにもフランス思想にも関心のなかった私は困ったのですが、同い年ということもあり、個人的には意気投合して、しばらく後にこの番組で話をしないかと誘われました。私に声をかけたのは、おそらく話し手がいなくて困っていたのでしょう。ある口の悪い人の言うところでは「いまどき〔…当時ですよ〕短波放送なんて、聞くのはマグロ漁船の船員くらい」ということでしたが、私は『どくとるマンボウ航海記』を愛読した記憶もあり、マグロ漁の合間にヘーゲルを聞いてもらうのもいいかもと思いましたし、ちょうど当時『精神現象学』について自分の考えを短くまとめてみたいという欲求もあって、お引き受けした次第。そのときの問題意識は当時の場番組案内を載せておいたのでご覧下さい。
この原稿をどこかで発表したいと思いながら、いい機会はなく、中央大学に移って、「白門」という雑誌に書いてみればという紹介してもらって、ほこりを払って出してみることにしました。もちろんその間にすっかり様変わりした世界のなかに2000年当時に原稿をそのまま出すわけにはいきません。ウクライナ戦争勃発という時代にふさわしく、新しい問題意識に基づいて書き換えたところ、むしろ今の方が「現代思想の最前線としてのヘーゲル」という当時のタイトルにふさわしいものになったと感じています。23年も寝かせておいたことは無駄ではありませんでした。
この最初のきっかけを作ってくれた石井さんは、2005年、45歳にして留学先のフランスで客死されました。この新稿を彼に捧げたいと思います。
2023年3月 62歳の誕生日を前にして
本稿は以下のところ(Researchmap)からダウンロードできます。
「ヘーゲル『精神現象学』の迷宮を歩く(上)――非理性的時代に理性を求めて――」
(掲載紙:「白門」(中央大学通信教育課程)第74巻 2022秋 通巻852号、2022年9月、32-51頁)
https://researchmap.jp/tysh/published_papers/41548872
「ヘーゲル『精神現象学』の迷宮を歩く(下)――非理性的時代に理性を求めて――」
(掲載紙:「白門」(中央大学通信教育課程)第74巻 2022冬 通巻853号、2023年1月、69-80頁)
https://researchmap.jp/tysh/published_papers/41590116